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      <title>スイーツ系サンド集めてみました</title>
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      <description>私は、スイーツ男子ならぬスイーツ女子</description>
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         <title>日本で見えたオーロラの話　2</title>
         <description>たとえば、『日本書記』巻22、推古天皇28年12月1日(西暦620年12月31日)の条に・・・


十ニ月庚寅朔、天ニ赤気有リ、長サ一丈余、形碓尾ニ似タリ。


・・・碓尾というのは、よく意味がつかめないのですが、碓は石でつくった唐臼のこと、臼の台のような形に末ひろがりに見えたということでしょうか。


この「赤気」と述べられているのが、一部は彗星かも知れないですが、大部分はオーロラを指しているようです。


下って、藤原定家の『明月記』巻19、元久元年正月19日(1204年2月21日)の項にも・・・


「正月一九日、天晴、北方艮の方ニ赤気有リ、其ノ根月ノ出方ノ如シ、色白明力、其ノ筋遙引シテ焼亡ノ如ク遠ク光ル、白色四五ヵ所、赤筋三四筋、雲ニモ非ズ雲間ニモ非ズ星宿ト共ニ、光イササカ之ヲ陰スル中ニ此ノ如シ、白光赤光相交リテ、奇シテ而モ尚奇トブベシ、恐々恐ルベシ・・・」


・・・とあり、さらに2日後にも引続いて見えていたことが記されています。


その描写はきわめて具体的で、北の空に見えていたこと、月の出る時の光の感じに似ていること、色が白筋、赤筋が入り交ってハッキリ見え、火炎の焼けるようにも見えたというからまさしくオーロラと考えられます。


定家の住む京都で見えたのですから、余程すばらしいオーロラであったのでしょう。


・・・さらに記録をたどってゆくと、江戸時代の明和7年7月28日(1770年9月17日)にも、著しいオーロラの出現があります。


約40種の文献に記録が残っていて、おそらく日本で見られたものでは最大の出現と見られています。

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         <pubDate>Fri, 10 Feb 2012 14:58:21 +0900</pubDate>
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         <title>日本で見えたオーロラの話</title>
         <description>テレビで、アラスカのオーロラの実写録画が放映され、その神秘的な美しさに魅せられた人は多いと思います。


是非見たいといって、アラスカ・ツアーに参加してみたら、なんと7月で、夜が2時間くらいしかなくそれに白夜で、まったく見られないで帰ってきたという笑い話みたいな話もききました。


スペースシャトルでは、日本の宇宙科学研究所の大林辰蔵博士が開発した人工オーロラ実験装置で、霞子ビームを大気中に打ちこんで、入工のオーロラをつくろうという計画があります。


果して、日本の上空にオーロラができるかどうか、地上から見ることが可能かどうか興味深い実験ですが・・・


残念ながら天然自然のオーロラは、私たちの住む日本の上空ではほとんど現われないことになっています。


その理由は、北極南極地方に近い地球磁極にむかって、太陽から放射される電子シャワーが引きつけられ、極地周辺にしか降りそそがず・・・


その結果、地球上層大気の水素、窒素、酸素などの原子を刺激してネオンサインのような光を発するのですから、赤道から中緯度付近では見えないのが当然というわけです。


なんとなく意地の悪い話であるのですが、それがゼッタイ見えないということもないのです。


古い天文気象に関する古記録を見ると、ときたま「赤気見ゆ」といった記事があります。

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         <pubDate>Mon, 02 Jan 2012 14:57:27 +0900</pubDate>
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         <title>ジャングルの法則と宗教観　4</title>
         <description>失敗は個人の性格や意思に欠陥がある場合とみます。


カウェルティがセルフ・メイド・マンの思想・・・


つまり成功の哲学を旧思想に対する断絶ととらえず、連続とみるのはこの点からであり、ここで伝統的プロテスタント倫理の自己修練は、新しい衣を着て再登場してくるのです。


したがってカウェルティは、アメリカにおけるダーウィニズムの影響は皮相的なものであったとみるわけです。


金メッキ時代においてはセルフ・メイド・マンは、一面では泥棒貴族としてジャングルの法則の中でたくましく生きるとともに、他面では伝統的倫理に支えられることは、決して不可能なことではないのです。


セルフ・メイド・マンのイメージと泥棒貴族のイメージは重なり合うのです。


セルフ・メイド・マンがアメリカの大衆に人気があるのは、世俗的なイメージにもかかわらず、案外彼が宗教的倫理をがっちり踏まえていることにあるのかもしれません。


したがって、この微妙なバランスを大きく外せば、讃美は憎悪に変わり得るのです。


その点で「エリーの戦い」でグールドら鉄道3人組の1人、ジム・フィスクが狙撃されたのも、理由がなかったわけではありません。

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         <pubDate>Sun, 04 Dec 2011 18:00:08 +0900</pubDate>
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         <title>ジャングルの法則と宗教観　3</title>
         <description>旧思想は急転した現実には適応できないので、新思想への再構築を余儀なくされたにすぎません。


たしかに勤勉や節制といった自己修練の美徳は、南北戦争前の生産が直接の成果をもたらした静態的社会では実質的な意義がありましたが・・・


しかし、戦後の大規模な工場制生産、とくに一日10時間から12時間に及ぶ苛酷な労働のもとでは通じなくなっています。


経済的利害と衝突しないかぎりは古い倫理は守られましたが、衝突する場合には無視されました。


したがって、個人的競争が人生の基本的様式となった新しい世代においては、伝統的思想は組み替えられねばならなかったのです。


具体的には、現実に開く一方の貧富の差をどう説明するかにかかってきます。


セルフ・メイド・マンは、自分に便利とみれば伝統に反するダーウィニズムすら取り入れましたが、彼がそれと基本的には融合できなかったのは、やはり伝統的自己修練の観念を捨て切れなかったからです。


なぜある人は成功し、金持ちとなり、他は落ちこぼれて貧乏になるのか・・・。


苛烈な競争社会ではそれに生き残るための決意があるかないかによって定まります。

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         <pubDate>Wed, 23 Nov 2011 17:59:33 +0900</pubDate>
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         <title>ジャングルの法則と宗教観　2</title>
         <description>アメリカで社会的ダーウィン主義の思想がもてはやされるようになったのは、自然の成り行きであったといえるでしょう。


ダーウィン主義はたちまちロックフェラーやカーネギーのような人びとの心をもとらえてしまいます。


ロックフェラーは「大企業の発展は単なる最適者の生き残り、つまり自然の法則、神の法則のなせるわざにすぎない」と述べています。


これに対し、カーネギーは、


「われわれは、単に有利であるばかりでなく、人類の将来の発展にとって基本的であるというのなら、自ら適応しなければならない諸条件として、環境の著しい不平等や、工業や商業における少数の手中への企業集中や、これらの間の競争の法則を喜んで受け入れる」


・・・と述べています。


しかし、こうしたダーウィニズムへの帰依は唯物的な世界観を承認することであり・・・


このことは宗教的価値と世俗的価値のバランスを極端にゆがめ、伝統的プロテスタント倫理に反するものでした。


これに対し、シカゴ大学のジョン・G・カウェルティは、これらセルフ・メイド・マンの思想にはこのような断絶はなく、むしろ伝統的プロテスタント倫理は新しい時代の「成功の哲学」とは密接に連続しているものとみています。


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         <pubDate>Tue, 11 Oct 2011 17:58:59 +0900</pubDate>
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         <title>犬のツメのお手入れ　2</title>
         <description><![CDATA[白いツメは血管がみえますが、黒いツメの場合は血管が見えにくく、深ヅメの原因になります。


一度深ヅメを経験すると、ツメ切り嫌いの犬になりますから、細心の注意が必要です。


さて、ドッグフードが多様化、高級化し、犬の食生活も人間並みに"やわらか志向"が目立ちます。


その結果、食ベカスが歯に付き、それが歯垢の原因になっています。


歯垢を放っておくと、口臭や歯石の原因に・・・。


やがて歯槽膿漏や歯肉炎を招き、しまいには歯が抜けてしまうこともあります。


それには病気の原因となる歯垢を取り除くことが先決。


歯のみがきかたは・・・


1．ガーゼを右手の人指し指に巻き、犬の口を開き、歯、歯ぐきを上下にマッサージしてやる。


2．最初は前歯から行い、少しずつ慣らしていく。


犬用の歯ブラシは、<a href="http://kongo.ocnk.net/" target="_blank">無駄吠え防止</a>などのグッズが置いてあるお店で買うことが出来ます。


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         <pubDate>Fri, 02 Sep 2011 14:38:41 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>犬のツメのお手入れ</title>
         <description><![CDATA[犬の散歩後はほこりで汚れたからだ、ロや手足をよく拭いてやりましょう。


ただし、指間のただれの原因になるので、足先を水につけて洗わないこと⑱尾のつけ根、肛門のまわり、前足後足の毛を短く刈っていつも清潔に。


伸びたツメは必す切ってやります。


人間でもそうですが、ツメが伸びすぎると皮膚をひっかいたり、生ヅメをはがしたり、思わぬケかを招きます。


犬も同じこと。


特に運動量の少ない室内犬(小型犬)ではツメがすり減らす伸びるのが早いもの。


それに比べ、外歩きのチャンスが多い屋外犬では、ツメはほとんど磨滅してしまいます。


ただし、狼爪は皮膚にくいこむことがあるので切らなければなりません。


伸びたツメは月に一度の目安で、入浴後のやわらかい時に切ってやりましょう。


切る部分はとがっている先端。


この時、血管まで切らないように注意します。


爪きりは、<a href="http://kongo.ocnk.net/" target="_blank">無駄吠え防止</a>などが売っているショップで販売しています。

]]></description>
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         <pubDate>Mon, 01 Aug 2011 14:34:36 +0900</pubDate>
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         <title>文章に性格が…</title>
         <description><![CDATA[長文のレターを書く人間やディスプレイに<a href="http://temponotatsujin.jp/SHOP/54606/list.html" target="_blank">かくれん棒</a>を使う人間にA型が多いが、私も書き出したらきりがなくなる。

「オレの気持ちがわからんのか」と友にくってかかったものだが、ついに出さずじまいとなった。

いまから考えれば、彼の判断が正しかった。

英文を書く場合も同じである。

英文で自己との葛藤を繰り返しながら、思考は水晶化し、筆鋒はますます冴えてくる。

話しながら到達し得る境地では、決してない。

美文家として知られている、前述のランス・モロー氏は、書かねば考えられない、とさえ言われた。

私も同感だ。

考えてから書くというよりも、問題意識を持って書き始めると、自然に思考が論理的にまとまってくるものだ。

書くということは、問違いなく、思考の訓練になる。

反面、話すことは、必ずしも思考の訓練につながらない。

喋りながらでも思考訓練になるという人が多いので、この点、もっと論議を繰り返さなくてはなるまい。]]></description>
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         <pubDate>Tue, 12 Jul 2011 19:34:11 +0900</pubDate>
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         <title>ジャングルの法則と宗教観</title>
         <description>南北戦争それ自体が「第二の独立革命」といわれる変革を生み出し、同時にアメリカ人の心に長い間深い悔恨を残しました。


のちの2回の世界大戦にしても、同じく現代アメリカ人の心に傷痕を残したといわれるベトナム戦争さえも、彼らには外国の戦争でした。


しかし南北戦争の場合は、国内でアメリカ人同士が血で血を洗う殺し合いをやったのです。


その結果、人口3100万人のアメリカで戦死者は両軍合わせて61万人、100万人以上が戦争で傷つき、破れました。


内戦には間接的被害も大きく、とくに戦場となった南部では、多くの都市が焦土と化し、鉄道は分断され、プランテーションは崩壊し、解放奴隷はほとんどがたちまち生活の道を断たれました。


大農を中心に繁栄した南部も、この内戦を契機に崩壊に向かいます。


泥棒貴族が登場したのもこのような社会的経済的激変期だったからであり、彼らはこうした変化から必然的に生まれる、あらゆる機会をとらえて富を追い求めました。


・・・このような動乱期には食うか食われるかのジャングルの法則がまかり通ったのです。


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         <pubDate>Mon, 20 Jun 2011 17:58:10 +0900</pubDate>
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         <title>出稼ぎ組合の結成　4</title>
         <description>旅費を出すと約束したのに半額にされてしまったり、基本単価はなんぼだと約束したところが、実際は200円、300円も違ったり・・・


口約束だけでは証拠にならず、出稼ぎ者がいつも不利になるのですから、私たちは労働契約書を作って、そこに相手方がハンコを押して、いつからいつまで、労働時間、残業、賃金、深夜作業、災害保険、いろいろな旅費なども含めて細かく書いた文章契約をすることにしました。


昭和40年代なかばころまで、市町村自治体でも農協でも出稼ぎの調査や対策を全くやっていませんでした。


さいわい私たちは組合をつくり、一生懸命調査や対策に奔走しておりましたから、問題を比較的的確につかんでおりました。


昭和45年に、私の住む町の出稼ぎ者が5人死んで帰ってきました。


となりの大森町の人という出稼ぎ問題をやっている方がいて、連絡とってみたら、大森町でも5人死んでいることがわかりました。


羽後町、大森町の比率で全県町村に出稼ぎ事故が発生しているとしたらかなりの数にのぼるんではないだろうかと思ったものです。


またその年、ケガをして帰宅して病院通いしている人が、私の村の300何人かの中に14人いました。

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         <pubDate>Fri, 27 May 2011 13:30:46 +0900</pubDate>
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         <title>出稼ぎ組合の結成　3</title>
         <description>東京にくるとまた同じように大工事がいっぱいある。


その当時は地下鉄工事で大体1平方メートルあたり4千万円だったんですが、舗装道路とか地下鉄工事がわんさとある。


秋田ではやらなければならない仕事がいっぱいあるのに予算がなく仕事がない。


だから仕事のある関東・関西に出稼ぎに行くので、出稼ぎ問題の一つは地域格差だと思いました。


出稼ぎはオリンピックまでの一時的なものだぞ、と言われていたわけですが、その年700戸の農家のわが村からの県外出稼ぎ者の数は290人でした。


その次の年になると350人に増えました。


オリンピックが終わった年です。


次から次といろんな問題が出るもんだから、これはひとつ出稼ぎ組合を作って、出稼ぎ者の人権、安全を守らなければならないと考えるようになりました。


そして昭和40年の秋、出稼ぎ組合を村の中につくるわけです。


そこで最初に手がけたのは、一番多い雇用されるときに約束した条件と違うという話です。

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         <pubDate>Wed, 27 Apr 2011 13:30:13 +0900</pubDate>
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         <title>出稼ぎ組合の結成　2</title>
         <description>もちろん食事なんて一汁一菜で、飯だけは食い放題とあって1人6合平均食べていました。


ですから当時の出稼ぎの多くの人たちは体重が減り、やせて帰ってきていました。


労働条件も悪いし、労働災害、ケガも多発していましたが、百姓土方なんだと軽蔑されていました。


そんな状態ですから何か発生しても運が悪かったと泣き寝入りでした。


雇用者の方はそれは当り前だ、百姓土方なら当たり前だ、ということだったものですから、びっくりして、これは大変だ、現代の残酷物語だ、黙っているわけにはいかない、ということから、出稼ぎ問題に取り組みはじめたわけです。


当初、昭和39年の東京オリンピックの工事が終、われば出稼ぎはなくなる、と当時の経済学者たちが説明しておりました。


私たちもそう思っておりました。


ところがオリンピックの終わった40年になってみたところ、また出稼ぎが増えました。


それでまた出稼ぎ先をまわってみました。


静岡県の出稼ぎ現場を訪問をして気づいたことですが、当時の金で5億円だ、10億円だという大工事がいたるところにあって、沼津からバスで3時間ばかりかかる山村までの間にそういう工事現場が6ケ所もある。

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         <pubDate>Sun, 27 Mar 2011 13:29:28 +0900</pubDate>
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         <title>出稼ぎ組合の結成</title>
         <description>これは出稼ぎ組合の結成の歴史です。


・・・私たち水田酪嚢は将来の農業に大きな夢を抱いて乳牛を導入し、がんばり続けたわけです。


しかし、その理想を抱いた仲間たちが次々と乳牛を手放して酪農をやめるというのが増えてくるわけです。


この乳牛を手放した人たちは、酪農をやめて他に何をしているだろうかという追跡調査をやってみました。


その結果、ほとんどの人たちが出稼ぎをやっていたんです。


それで出稼ぎとは一体何かということで、昭和37年の正月に東京、神奈川の出稼ぎ現場をまわってみました。


ところが、昭和37年ごろの出稼ぎの飯場というのはびっくりするようなそまつな飯場でした。


まず、風呂はドラムカンで、そのドラムカンに下から火をたいて、10人も20人も重なって次から次へと入る。


布団なんかもせんべい布団一枚だけで、枕なんか全然ない。


丸太とか角棒を作業現場から拾ってきてそれを自分で切断して枕にする。


バラック建てですきま風がビュービュー入ってくる中で暖房は一つもない。


洗面所はないところが多かった。


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         <pubDate>Sun, 27 Feb 2011 13:25:34 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>予防薬の選択　3</title>
         <description>Chloroquineに抵抗性の熱帯熱マラリアが存在しない国での予防内服について。


Chloroquine抵抗性の熱帯熱マラリアがない国もあります。


こういった国では、Chloroquine(またはAmodiaquine)が予防薬として最も適しています。


なおChloroquineは各国に存在する他の3種類のマラリア(三日熱マラリア、卵型マラリア、四日熱マラリア)の予防には、今日でも世界各地で最も有効な予防薬です。


熱帯熱マラリアがChloroquineに抵抗性がない場所では、この薬だけ服用していれば、すべてのマラリアを予防できることになります。


この薬を内服して予防効果をあげるためには、服用した薬の血液中の濃度を、血中に出てくるマラリアの病原体(マラリア原虫)を殺すに必要な濃度に、1週間保つ必要があります。
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         <pubDate>Mon, 03 Jan 2011 11:21:55 +0900</pubDate>
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         <title>予防薬の選択　2</title>
         <description>特に注意しなければならないことは、マラリアの存在しない日本のような先進国からマラリア流行地に来た人が、マラリア、特にもっとも生命に危険な熱帯熱マラリアにはじめてかかると、発病の初期には、必ずしも定型的な、頭痛、ふるえやさむけに次いで高熱→発汗→下熱というような症状を示すことはありません。


インフルエンザのような、さむけ、倦怠感を伴った熱が毎日出て、インフルエンザなどと区別のつかない症状を示し、運が悪いと1週間以内で死亡することもあるのです。


マラリア流行地での発熱は一応マラリアと考えるのが通則となっています。


さて、マラリア予防内服法のうちいずれを現地で実行しようと思っても、日本出国前に、それらの薬を現地で予防に使うために充分な量を調達できません。


現地で調達したらよいと考える人もいるでしょうが、開発途上国によっては、ChloroquineやFansidarが入手出来るはずになっている国でも、品切れになっていたり、品質の管理に問題があって、薬の効果に疑問のある場合もあるのです。


各企業の現地事務所やその他の出先機関で何らかの手を打ち、新しく日本から到着した人達に世話をする努力が大切でしょう。

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         <pubDate>Mon, 13 Dec 2010 11:21:23 +0900</pubDate>
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